2018年07月25日

12.チャイコフスキーの風景。

彼の絵に
私は音楽を聴く。
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーが
ピアノの為に書いた小品のような
素朴で美しい音楽を。


イサーク・レヴィタン(Исаак ЛЕВИТАН 、1860〜1900)。
このロシアの風景画の名匠の名も作品も、私はモスクワへ留学するまで全く知らなかった。

ある時音楽院のロシア語の授業で、私がレヴィタンの絵画を好きだと知った先生が、彼の絵画について教えて下さった事がある。
『ヴラディーミルカ(Владимирка)』と題された、地平線に向かって伸びるだだっ広い一本道と、どんよりと曇る空が描かれた一枚の大きな絵。
一見それだけなのだが、よくよく見ると、中央より左寄りの地平線上に小さな教会が描き込まれている事に気付く。
ドストエフスキーの『罪と罰』の中にも出てくる、かつてシベリアへ流刑となった人々が必ず通った道であるヴラディーミルカ。そして、彼方の地平線上に小さく描かれた教会。これらが意味するのは、流刑される人々の絶望と、ひょっとしてその先にあるかもしれない僅かな希望……そんなお話だった。

チャイコフスキーの作品、例えば、『四季』作品37bのページを開いてみよう。
そこには、四季折々の情景とともに、都会の喧騒から離れ自然が身近であるからこそ感じられるほんのささやかな変化、それを体験する人々の繊細極まりない情感が、鮮やかに描写されている。私がレヴィタンの絵に音楽を感じる、何故かチャイコフスキーの音楽を連想するのは、音楽と絵画という分野の違いはあれど、彼らが風景を通してその地に生きる人々の《魂》を歌い、描いたからではないかと思っている。

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posted by tetsumichi at 11:30| モスクワ

2018年07月05日

9.ロシアのおどり。

ロシアのおどり。
私が小学1年生の時に作った曲のタイトルである。
当時我が家には母所有のレコードがあり、私には、ヴァン・クライバーン弾くチャイコフスキーのピアノコンチェルト第1番やラフマニノフの第2番、アルテュール・グリュミオーのヴァイオリンの音色(クライスラーの愛の喜び、愛の悲しみ、を知ったのは、グリュミオーのレコードだったと思う)等を、一流の演奏家への淡い憧れを抱きながら聴いていた記憶が残っている。確かそれらの中の1枚に、東欧の民族衣装を着て踊る人々の写真が載っているジャケットがあり、そこからイメージを得て作曲したのではなかったか。ただ、それが本当にロシアだったのかは今となっては定かではなく、このタイトルは、写真の雰囲気が“何となくロシアっぽく”感じられたと言う、子供特有の無邪気さで付けただけだったのかも知れない。

時を経て、約14年後の1998年9月。
私はモスクワへ留学する事となった。
作曲当時の幼き日、将来自分がロシアの地で留学生活を送る事になるなど、一片たりとも想像していなかっただろう。

人生とは、まことに面白いものだ。


*写真は、私が10年間暮らした国立モスクワ音楽院学生寮(2015年9月撮影)

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posted by tetsumichi at 07:00| モスクワ