2018年04月15日

3.響きに思う。

・美しい響きとは
「美しい音」、「美しい響き」と言った言葉を私たちはしばしば口にする。
倍音の豊かな響きは勿論美しい。
だが、物理的な美しさに留まった音が人の琴線に触れる事は、決してない。
彼(彼女)=演奏者が作品に対する深い想いや理解を持って鳴らす音、より広義に捉えるならば、自身のそれまでの人生経験を全て託すかの如くに鳴らされる音こそが聴き手の心を打つ。真の意味で美しい音とは、演奏者の人生の蓄積そのものなのだ。だからこそ、その追求は容易ならず、終わる事もない。

・楽器に歩み寄る
「表現しようとし過ぎて自分が興奮したり、熱くなり過ぎてはいけない。声楽家はあくまで声をきかせなければ。」
ある声楽家の先生のお言葉だが、ピアノの演奏もしかり。音楽は“響き”によって作られるのであり、奏者の個人的な情熱が、良い、美しい響きを歪めてしまってはならない。ピアノの音が美しく、伸びやかに歌うには、先ず何よりも音に対して弾き手の耳が開いていなければならないのだ。
いかに弾くかではではなく、いかに自分の音を聴いているか。
私たちは決してピアノを力で征服しようとする(ピアノと戦う)のではなく、耳をそばだてながら楽器に歩み寄り、タッチと響きの関係性等ピアノとの良い接し方を知り、習得していかなければならない。

・響きの内に
ピアノは、とりあえず鍵盤を押せば誰でもすぐに音を出せる楽器だが、“響かせる”となると全く事情が異なる。一つ言えるのは、絶対に鍵盤を指の力で押してはいけないと言う事だ。タッチと言う言葉の意味そのままに、鍵盤に触れる。ちなみにロシアでは、私が知る限り日本語の《打鍵》に相当する単語はなく、《鍵盤に触れる》と表現する。恩師である故ヴェーラ・ゴルノスターエヴァ先生も、「鍵盤を打ってはいけない。鍵盤に触れる感触を大切に」と度々おっしゃられたものだ。美しい響きを得る為には、その《触れ方》を徹底的に学び、突き詰めなければならない。
そうして響きに耳を傾け、《響きで楽曲を弾く事》が出来る様になった時……私たちは初めて知るだろう。力で打ち鳴らされた音ではない、衰退する事なく伸びゆく響きの内にこそ、作曲家の魂があるのだと。

posted by tetsumichi at 07:00| ロシアピアニズム

2018年04月01日

ご挨拶

ピアノと言う楽器から生まれる、響き。
響きは物質として目に見えるものでもなければ、手で具体的な感触を伴って触れられるものでもありません。そうでありながら、私たち音楽をする人間はそこに色を、質感を、性格(キャラクター)を……様々な「何か」を求め、響きによって創造される音楽に、情感を揺さぶられるのです。

音(響き)そのものが、美しく澄んでいなければならない。
音(響き)そのものが、高貴でなければならない。
音(響き)そのものが、歌っていなければならない。
音(響き)そのものが、何かを語っていなければならない。

私は音楽が「響きの芸術」である事を、特に、11歳の時に出会いその後18年間師事する事となったモスクワ音楽院教授、故ヴェーラ・ゴルノスターエヴァ先生に10代前半の頃から徹底的に教え込まれ、そして現在は、東京在住の大野眞嗣先生(HP「ピアノの時空」http://www.onoshinji.jp)の下で更にその追求を続けています。

両氏に共通するのは、ロシアピアニズム。


このブログでは、過去から現在に至るまで、私がこのピアニズムへの傾倒により経験してきた事、学んだ、学んでいる事、思う事……等々を書き綴っていきたいと思います。

どうぞ末長くお付き合い頂ければ幸甚に存じます。

吉永哲道

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