2022年09月14日

【演奏会情報】Золотая осень(黄金の秋)〜平和を願って〜映像と音楽でつなぐコンサート

2020年2月にモスクワを訪れた私たちは、あるピアニストの方との出会いに恵まれました。それがマリーナ・エフセーエヴァ先生で、先生の御祖父様がモスクワ国立音楽院で学ばれた著名な作曲家であった事(セルゲイ・エフセーエフ/1894-1956)、そしてその作品が是非日本でも演奏されてほしいとのお話をマリーナ先生から伺った事が、この演奏会の発案の発端となりました。実現に当たり、ロシアからも多くの方のご尽力をいただきます。音楽を通しての心の交流を、お聴きくださるお客様とも分かち合う事ができれば、演奏者としてそれに勝る喜びはございません。是非お運びいただければ嬉しく思います。
𠮷永哲道(ピアノ)


チャイコフスキー作曲「四季 op.37b」は、一年というサイクルの中に見せる季節の色彩の変化、その中で暮らす人々の生活を詩と音楽で表した、チャイコフスキーを代表するといえる作品です。このコンサートでは言葉と音楽の響きに加えて、四季折々の映像をご覧いただきます。より作品の世界を楽しんでいただけることと思います。今回このコンサートを『Золотая осень(黄金の秋)〜平和を願って〜映像と音楽でつなぐコンサート』と題しま した。厳しい寒さと肌を刺す風が吹く冬が来る前に、奇跡のように美しい黄金の秋を迎えるこの季節に、バヤン、グースリ、バラライカの民族楽器奏者や、チャイコフスキーが晩年この世を去るまで過ごした家を博物館とした「国立チャイコフスキーの家博物館」の協力を得て、音楽による「平和の願い」を伝えたいと思います。
渡部智也(バス)


* チケットは、吉永のHPでもお申込みを承ります。
https://www.tetsumichi.jp/postmail/postmail.html


----------------------------------------------------------------------------------------------------
■ Золотая осень(黄金の秋)
 〜平和を願って〜 映像と音楽でつなぐコンサート


----------------------------------------------------------------------------------------------------
〈日時〉
2022年11月3日(木・祝)14:00開演(13:30分開場)
〈会場〉
新宿文化センター小ホール
〈出演〉
渡部智也(バス)
吉永哲道(ピアノ)

〈曲目〉
◆P.チャイコフスキー(1840-1893)
四季 op.37b (ロシア語の詩の朗読、日本語字幕付き)
チャイコフスキーの歌曲より
◆S.エフセーエフ(1894-1956)
2つのプレリュード op.3(本邦初演)
寂しく、そして悲しく op.1(本邦初演)他
◆動画によるロシア民族楽器とのコラボレーション


〈入場料〉
全席自由 3,000 円(販売は9月13日から)
〈チケット取扱い〉
認定 NPO 法人おんがくの共同作業場
http://www.gmaweb.net/npo/
Tel:042-522-3943
音楽企画「マイスキーヴェーチェル
e-mail:mv-pro@live.jp

〈主催〉
音楽企画「マイスキーヴェーチェル」
〈後援〉
認定 NPO おんがくの共同作業場
〈制作協力〉
国立チャイコフスキーの家博物館
マリーナ・エフセーエヴァ(ピアニスト、楽譜提供)
マクシム・ガヴリレンコ(グースリ奏者)
エヴゲーニ・ミロネンコ(バヤン奏者)
コンスタンチン・ザハラト(バラライカ奏者)
後閑理恵


20221103t.jpg


posted by tetsumichi at 11:05| 音楽について

2021年04月15日

35.最も美しい旋律。

「この世で最も美しい旋律は音階。」

モーツァルトやチャイコフスキーの音楽を思い浮かべると、私はこの言葉に深く頷かずにはいら
れません。

音階を無味乾燥に弾いてしまう人がいます。
まるで音階は音楽ではなく、指の訓練だとでも言わんばかりに。
ですが、考えてみて下さい。
音階を音楽的に弾けずして、例えば、いったいどうやって古典派の作品を演奏できるのでしょう
か?

音階の美しさに気づく事。
非常に意味のある事だと思いませんか?


posted by tetsumichi at 07:00| 音楽について

2020年06月15日

32.教師も、生徒も。

インターネットを利用しての遠隔レッスンを導入し始めた4月中旬頃から、改めて、教師とは何か、教育とは……と言った事に思いを巡らせるようになりました。

私は仕事の一つとしてピアノを教える事に従事していますので、それに限ってのお話ですが、生徒のテクニックの土台(技術面での基礎)を作る為には、教師が手取り足取り、言葉は悪いのですが調教の如く、徹底して叩き込まなければいけない時期が確かにあります。
ですが、ある時期を過ぎての調教の様な教え込みは“教え過ぎ”となり、生徒の自主性を摘み取ってしまったり、柔軟な思考の妨げとなる固定観念を形成させてしまう危険性を多分にはらんでいます。

上手くなりたいと思う生徒は、自分自身で考え、努力をします。
教える立場の人間がすべき事は、彼らの努力を熟視し正しい方向に導く事。決して、調教の様に技や自身の作品に対する解釈を教え込む事ではありません。

教え育てるというのは、本来大変長い年月を要するプロセスであるはずです。
何せ、人が10年、20年かけて成長していくのを待たなければならないのですから。
ところが現代では、分かりやすい、目に見えて成果の現れる教え方が良しとされている風潮が強い様に感じます。早くに結果を求める事が全く無価値とは言いません。それはそれで一つの在り方、考え方でしょう。ですが多くの場合……そこに教える側の見栄やエゴ、教わる側の怠慢があるように思えてならないのです。

教える事は容易い、けれど、育てる事は本当に難しい。
教わる事は容易い、けれど、育つ事は本当に難しい。

「急いては事を仕損じる」と言う言葉があります。
人生という長いステージで本当に良いものを獲得するには、教える側も教わる側も時間をかける事の価値を知り、思慮深くあらねばならないのですね。


20200611.jpg


posted by tetsumichi at 07:00| 音楽について

2019年06月15日

27.一生。

石の上にも三年、という慣用句がありますが、音楽を続ける事は三年どころか石の上に一生と言えるでしょう。


「たとえ周りの人たち皆に『あなたには才能がないから音楽はやめなさい』と言われようとも、音楽の道に進むという自分の気持ちを貫き通す。それくらいの意志がなければ、プロにはなれません」 ── もう随分昔の事になりますが、ある世界的ヴァイオリニストの方が、インタビューでこの様な発言をされていたのを読んだ記憶があります。


プロを目指すならば。

音楽に対して真剣にならなければならない。

音楽の道を気楽に考えてはいけない。

音楽に命をかけなければならない。


才能とは忍耐だ、と言ったピアニストがいますが、優れた音楽家になるには精神、技術両面においていかに忍耐強く、長い、長い時間をかけて自分自身を磨いていけるか、それにかかっていると言っても過言ではありません。

もしも、他人の評価次第で自分の意志が揺らぐならば。

自己鍛錬の過程で、妥協してしまうならば。

その人には、いずれ限界が訪れるでしょう。


自己鍛錬 ── 自分を見つめる事は、大変な辛さをも伴います。

ですが、尽きることのない向上心があれば、その辛さは克服できるはずです。良い音楽家になりたいと心の底から渇望しているならば、どんな嵐が来ようと、じっと石の上に座り続ける事は喜び以外の何物でもないはずですから。


そして、私は思うのです。

それこそが音楽を愛する事なのだと。



posted by tetsumichi at 07:00| 音楽について

2019年05月05日

25.静寂。

音楽の素晴らしさは、音を鳴らしながらも静寂を伝え得る事にあると思う。

モスクワに留学していた時、ヴォルガ川沿いのヤロスラヴリという街へ遊びに行った事がある。
そこで見た、ヴォルガ川の夜明け。
物音一つ聞こえない穏やかな静けさの中、次第に空が白み始め、やがて陽の光に広大な川面が輝き始める……。
それは、果てしなく豊かな時間を感じる体験だった。

喧騒だけでは、音楽は成り立たない。
聴き手が「静寂が生む豊かさ」を感じられる演奏こそが、本物だと思う。
posted by tetsumichi at 07:00| 音楽について