2018年06月29日

【演奏会情報】第2回ロシア声楽コンクール受賞記念コンサート詳細

第2回ロシア声楽コンクール受賞記念コンサート
渡部智也(バス)/プロフェッショナル部門 一般 第1位
吉永哲道(ピアノ)/最優秀伴奏者賞


チケットの取り扱いを開始致しました。
お申し込みはこちらまで。
→ mv-pro@live.jp
グリンカ及びムソルグスキーの作品を中心とした、ロシアンプログラムをお届けします。
是非お運び頂ければ嬉しく、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
渡部智也、吉永哲道


〈日時〉
2018年8月18日(土)14:00開演(13:30開場)
〈会場〉
ヤマハ銀座コンサートサロン(ヤマハ銀座ビル6F)
〈出演〉
渡部智也(バス)
吉永哲道(ピアノ)

〈曲目〉
[ピアノ独奏]
M.グリンカ:ノクターン「別れ」
M.ムソルグスキー:展覧会の絵
[バス歌唱]
M.グリンカ:歌曲集「ペテルブルクの別れ」より
M.ムソルグスキー:オペラ《ボリス・ゴドゥノフ》より「ボリスの死」


〈入場料〉
全自由席 3,000円
〈主催〉
株式会社ヤマハミュージックジャパン
〈後援〉
日本・ロシア音楽家協会、愛知ロシア音楽研究会
〈制作〉
音楽企画「マイスキーヴェーチェル」
〈チケットお問い合わせ〉
mv-pro@live.jp
 
 
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posted by tetsumichi at 11:00| 演奏会情報

2018年06月25日

8.調和する響きに。

それは
100年経っても
響き続けているのかも知れなかった……
人の記憶に
永遠に残るが如く


私が日頃から愛聴しているCDの一枚にタチヤーナ・ニコラーエヴァ弾くJ.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集があるのだが、その魅力を一言で申し上げるならば、演奏が常にハーモニーの響きで満ち溢れている、と言う事に尽きる。
その芳潤たる響きは、私に理屈抜きでバッハの音楽を味わう喜びを与えてくれ、何度聴いても褪せる事がない。

ピアノの前に座り、ド、ミ、ソ、の3つの鍵盤を押せば、誰でも和音を鳴らす事できるが、これをハーモニーとして響かせるのはすこぶる難しい。3つの音がハーモニーとして調和した響きを成す為には、一音一音が倍音豊かな柔らかい響きになっていなければ決して混ざり合わないからだ。
ド、ミ、ソ、と言う3つの音を同時に弾く(もしくは聴く)事と、ド、ミ、ソ、のハーモニー(調和した響き)を味わう事は、全く別の行為と言っても過言ではないだろう。

バッハは難しい、バッハがよく分からない……と言う生徒に出会う事が度々ある。
私は、極論かも知れないが、ハーモニーの響き、つまり倍音に耳が開く事、そして、倍音を豊かに鳴らすタッチを習得する事が、バッハの音楽の深淵への扉をその人自らで開ける為の鍵になると思うのだ。
バッハの思想は、その豊かなハーモニーの中に息づいているのだから。

そんな事をつらつら考える度に、私は改めてこの大作曲家の偉大さを思う。
平均律第1巻、第1番のプレリュードを四声体で弾いてみよう。立ち現れるのは、崇高この上ないコラール……作品の魂だ。
なぜ彼は、平均律の幕開けにこのプレリュードを置いたのか?
私には僅か2ページのこの楽曲が、「ハーモニーこそが音楽の心である」と言うバッハからのメッセージであるように思われてならない。

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posted by tetsumichi at 07:00| 作曲家

2018年06月17日

「ヴァディム・ホロデンコ ピアノリサイタル」のご案内

ヴァディム
ホロデンコ
ピアノ・リサイタル
VADIM KHOLODENKO

2018年6月26日(火) 19:00開演(18:30開場)
浜離宮朝日ホール
全席指定・税込 5,000円

ラフマニノフ:
幻想的小品集より
前奏曲 嬰ハ短調「鐘」Op.3-2
10の前奏曲Op.23より
第1番 嬰へ短調
第2番 変ロ長調
第3番 ニ長調
第4番 ニ短調
第5番 ト短調
13の前奏曲Op.32より
第5番 ト長調
第11番 ロ長調
第12番 嬰ト短調
スクリャービン:
ピアノ・ソナタ第5番 Op.53
ショパン:
12の練習曲 Op.25

チケットお問い合わせは……
朝日ホール・チケットセンター
03-3267-9990
日本アーティストチケットセンター
03-5305-4545


私は1998年の秋から2008年末までの10年間、故ヴェーラ・ゴルノスターエヴァ先生の門下生として国立モスクワ音楽院で学び、その間沢山のロシア人(旧ソ連圏含む)同門生に出会って参りましたが、ホロデンコ氏は、技術、音楽性……全てにおいて群を抜く存在で、その見事な演奏の数々は今も私の記憶に深く刻まれております。
仙台国際音楽コンクールで優勝の経歴もあり、既に日本でも名の知られたピアニストではありますが、今回のリサイタルを是非より多くのお客様にお聴き頂きたく、ご紹介させて頂く次第です。
吉永 哲道

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posted by tetsumichi at 11:00| 演奏会情報

2018年06月15日

7.音楽断想【2】

・根を育てる
根っこが貧弱な花はすぐ枯れてしまうように、音楽の勉強(ここではピアノの演奏を想定する)においても、彼(彼女)の才能が開花するには相応の立派な根が必要となる。
音楽を学ぶ上での根っこ……私は、《優れた演奏技術》こそがそれに当たると思う。優れた演奏技術が根っことしてあり、そこに、例えば知識や経験と言った養分が与えられる事で漸く美しい花が咲く。この技術と言う根がなければ花自体の生命力によって美しい花は咲かないし、たとえ教師が枝葉を整え仕立て上げたとしても決して長続きはしないだろう。
私は生徒に対して、そして何より自分自身に対して、忍耐強く根っこを育てられる人間でありたい。
 
・好奇心
作曲家は、音楽によって何か表現したいと欲する故に作品を書く。
なぜフォルテを書いたのか?なぜピアノを書いたのか?なぜクレッシェンドを?なぜディミヌエンドを?なぜ単なるスタッカートではなくスラースタッカートを?なぜ、その音にアクセントを?なぜここで転調するのか?なぜここでこの和音を選んだのか?そもそも、なぜこの調でこの作品を作曲したのだろう?
楽譜を注意深く見れば、疑問は果てしなく浮かぶ。弾き手が能動的な態度で作曲家の意図を探り、自分なりの理解を持たなければ、演奏は形ばかりの行為となってしまう。音楽を学ぶ人たちには、日々の練習がただ譜面上の音符や記号を再現する作業に陥らない為にも、是非楽譜に書かれた事の意味を問う好奇心を燃やし続けて欲しい。
 
・ハーモニー
「水を得た魚」という慣用句があるが、ハーモニーとメロディーの関係も、まさに水と魚に例えられると思う。水があってこそ、魚は生き生きと、自由に泳ぎ回る事が出来る。いや、そもそもほとんどの魚が水が無ければ生きられないだろう。音楽も然り。ハーモニーという水があってこそメロディーという魚が泳ぐ事が出来る。豊かに響くハーモニーの中でこそ、メロディーは自由に歌う事が出来る。
J.S.バッハの作品を弾いていると、つくづくそう思うのだ。
 
・沈黙
沈黙は、しばしば音そのものよりもはるかに多くを語る。
沈黙は、その後に発せられる言葉や音に、より一層の深みを与える。
私が10代の頃、故ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ氏がマスタークラスにて、「聞こえるか聞こえないかの弱音を奏でられてこそ、本物の演奏家なのです」とお話し下さった事を、勿論一言一句正確ではないが今も鮮明に記憶している。甚だおこがましい行為と承知の上で、氏のこのお言葉に付け加えさせて頂きたい。
「沈黙(休符)で音楽を表現できてこそ、本物の演奏家である」と。
 
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posted by tetsumichi at 07:00| 音楽について